【ディスカバリー・シリーズ9月公演に向けて】 太田糸音さんインタビュー

2023.09.14

9月のディスカバリーシリーズに出演されます ピアニストの太田 糸音さんから、お話を伺いました。ドイツベルリン留学生活での日々の気づき、言語の違いのお話などたくさんの思いが伺えました。

 

9月12日 公開リハーサルの様子 ©T. Tairadate

——太田さんのミュージック・ダイアログとの関わりは5年前、2018年の室内楽塾からですね。2021年にはディスカバリー・シリーズへのご出演が予定されていましたが、あの時はコロナ禍の影響で帰国かなわず奏者変更となりました。

太田 ディスカバリーシリーズへの出演実現は今回が初めてですね。大山先生が「通好み」と仰る2曲、どちらも初めて演奏します。それにピアノ三重奏という編成でステージに出るのも初めてなんです。

——前回演奏予定だった作品とは異なりますが、今回のプログラムも同じ作曲家ブラームスですね。この2年の間にドイツへの留学という大きな変化がありました。

太田 一筋縄ではいかない2曲ですから覚悟して取り組み始めたのですが、それでも何度も頭を抱えて悩んで(笑)。でもベルリンへ留学してから早2年、楽譜から見える情報量は明らかに増えていますね。そのことが演奏結果に繋がればと思います。

|ブラームス

——最近ではブラームスに触れる機会も増えているのでしょうか。

太田 前回出演予定だった時の曲目は同じブラームスのピアノ五重奏曲だったのですが、今回のピアノ三重奏曲第3番にもすぐわかるほど似たパッセージや進行が出てくるんです。彼ならではの味ですね。

私が在籍しているベルリン芸術大学は初代校長がヨーゼフ・ヨアヒムで。ブラームスと早くから親交のあったヴァイオリニスト=作曲家ですね。彼の名を冠したホールやお部屋で公開演奏をしたりレッスンを受けることがありますが、ヨアヒムの仲間たち、たとえばブラームスやシューマン夫妻にまつわる資料も置いてあって、彼らもこの地を歩いたんだ……とひしひしと感じています。ヨアヒムはクララ・シューマンやブラームスをベルリン芸大に招いて失敗したようですが、実現していたらこの学校の今も何か違っていたのだろうか?などと考えたり……。

——ブラームスの曲はプログラムノートの曲目解説も書いていただきましたが、今回の取り組みを経て作品の印象や解釈は変わりましたか?

太田 ブラームスは準備段階の草稿を残さなかった作曲家で、作曲経緯の詳細を辿るのがどの曲でも困難ですが、親交を深めた仲間たちや生活していた環境から推測したり、それまで/その後の作品と比較をすることで各作品のキャラクターをより鮮明に把握できると思います。

その意味で今回のピアノ三重奏曲第3番、正直なんだか不思議な作品だなと感じるんです。はじまりはブラームスらしいと思っていても曲が進むにつれて、あれ…?と、その印象とずれて不思議に感じるところが出てきます。どう不思議かは実際お聴きいただいて感じていただけるかもしれません。

奇しくもフォーレのピアノ四重奏曲第2番と同じ時期に書かれた作品ですが、2曲それぞれに新鮮さをお楽しみいただけるといいなと思います。

——太田さんはドイツリートがお好きでよく聴かれるとのこと。ブラームスの歌曲にも接する機会は多いですか?

太田 ドイツでは、演奏会でブラームスの歌曲を含むプログラムを目にすることも確かに少なくありませんね。ただシューマンやシューベルトの方が耳にする機会は多いかもしれません。同じブラームス作品でも、ベルリンにいれば交響曲ならベルリン・フィルで聴けるチャンスによく出会えますが。

そういえば去年ブラームスの生まれ故郷ハンブルクでリサイタルをさせていただいた際、アンコールとしてブラームスの子守唄をピアノ編曲版で演奏すると、客席の方々が曲を口ずさんでおられました。日本では「ふるさと」や「赤とんぼ」のような存在でしょうか。すごく印象に残っています。

作曲家の歿後間もなく、1906年にハンブルクに設置されたブラームス生誕地の記念碑

|ドイツ語とフランス語

——今回のプログラムはどちらとも歌曲に造詣が深い作曲家によるものですが、ドイツ語を母語とするブラームスと、フランス語を母語とするフォーレでは、弾き比べることでその音楽に言語による違いなど感じたりするものでしょうか。

太田 ドイツ語に囲まれた環境に留学していることで、やはり感じ方は影響していると思います。ブラームスとフォーレとでは確実に弾き方を変えますね。  

パリへ行く時はだいたい飛行機ですが、一度、景色の変化を見てみたいと思って陸路で、電車を数度乗り継いで行ったことがありました。ドイツとフランスの国境となるライン川を通過した瞬間、車内のアナウンスがドイツ語からフランス語に替わり、乗客の話す言葉も馴染みあるものが少なくなったことに感銘を受けました。明らかに聞こえが違うんですよね。

私はフランス語は大学時代に授業で少し学んだ程度ですが、ドイツ語とフランス語では流れ方がすごく違うので、今回ブラームス→フォーレの順で聴いていただくことでそういった違いを感じていただきやすいかも、と思います。  

少し話は逸れますが、ブラームスとフォーレ、どちらもレクイエムを書いていますね。ブラームスのレクイエムはいずれ死にゆくものへ、フォーレのレクイエムは作曲家自身いわく「永遠の至福の喜びに満ちた開放感」。フォーレの方はカトリックの祈りの詩句に基づいていますが、両者の作品とも死者ではなく、どちらかというと今を生きているものたちに向けられているように感じます。

——フォーレについては、大山氏から個人レッスンも受けられたと伺いました。

太田 大山先生の室内楽塾では前回フォーレのピアノ四重奏曲第1番ハ短調を演奏していて、その時はフランスには行ったことがなく、ただただ憧れの場所でした。本番までにフランスの写真家の展示を見に行ってイメージを膨らませていた思い出があります。

ベルリン留学後はパリにも何度か行くことができました。町に残る歴史を目で見て肌で感じたことが、なにか演奏に現れるかもしれません。この機会に作品に深く踏み込んでゆくことを非常に楽しみにしています。

——太田さんご自身がドイツ語で日常生活を送ることで、音色や表現など演奏に変化があったと感じましたか?演奏にも言語による変化というのはあるものでしょうか。またヴァイオリンの矢野玲子さんはフランス語、チェロの柴田花音さんは英語で生活されていますが、異なる地で研鑽を積む演奏家との共演で何か感じることはありますか?

太田 特に舞曲を演奏するときに影響が出てきたと思います。以前より明確に拍を捉えられるようになりました。今、私がこだわっていることのひとつでもあります。  

また、その意味でも今回初対面となるヴァイオリンの矢野さん・チェロの柴田さんとどんな調和が生まれるかも楽しみです。暮らしている場所が皆バラバラなんですよね。私は最近のベルリン生活を含め、国は違ってもドイツ語圏の方々と演奏する機会が多かったので、今回はそういう意味でも可能性の幅が広がる気がします。

|独奏と室内楽

——最後に、ピアニストから見た室内楽の魅力についてお伺いさせてください。今回のプログラムは両作品とも、第3楽章にピアノと弦楽器の印象深い掛け合いが出てきます。ピアノは1台で全てを完結できてしまう楽器ですが、独奏と室内楽では掛け合う時の感覚や意識にどのような違いがあるのでしょうか?

太田 一度ベルリンで教わっている先生にブラームスの室内楽作品を弾くのを聴いていただいた時、何度も何度も「対話 Dialog」という単語が出てきました。私が思う室内楽の魅力はまさにこの「対話」なんです。  

私はふだん、歌曲や管弦楽作品をピアノ1台だけで好んで演奏しています。編曲を譜面に起こしたりはしませんが、様々な編成の総譜を見てピアノで弾くのは好きですね。ピアノは音域が広いため、今言った「対話」を一人でできることも楽しいのですが、やはり自分と違うルーツを持ち、たとえ似ていたとしても感じ方の異なる方々と弾く室内楽でこそ、実際の会話のように対話できると思います。寄り添ったり離れたりしながら、ときには疑問が出てくるとしても、そこに新たな発見があって。リハーサルで思ったことを口に出して言語化することで、自分の考えもより明確になりますし。  

それに、自分では鳴らせない弦楽器の音をすぐそばで聴けちゃうのも幸せですね。美味しい音をありがとう〜!なんて内心ではいつも思っています(笑)。

(インタビュー:鈴木和音(MD Writing Intern Project)/構成・編集:白沢達生) 

       


太田 糸音 OTA Shion 【ピアノ】

仙台国際音楽コンクール第3位をはじめ、シドニー国際ピアノコンクール、マルタ国際ピアノコンクール、浜松国際ピアノアカデミーコンクール等で入賞を果たす。2018年度CHANEL Pygmalion Daysアーティスト。ベルリン・ドイツ交響楽団等、多数のオーケストラと共演。メディア出演や新曲初演、室内楽での活躍も広げている。
東京音楽大学を20歳で早期卒業。名古屋芸術大学大学院を経てベルリン芸術大学に在学している。横山幸雄、ビョルン・レーマン、高橋礼恵の各氏に師事。ホームページ https://www.shion-ota.com

©︎MASAKI KONO


○本公演
【日時】9月15日(金)19:00開演  (18:30開場)
【会場】目黒パーシモン小ホール
【料金】一般 4,000円、学生 2,000円 (指定席)
【曲目】
 ブラームス:ピアノ三重奏曲第3番 ハ短調 Op.101
 フォーレ:ピアノ四重奏曲第2番 ト短調 Op.45
【出演】太田糸音(Pf.)、矢野玲子(Vn.)、大山平一郎(Vla.)、柴田花音(Vc.) 



※プログラムや出演者は都合により変更になる場合があります。
※お客様のご都合による申し込み後のキャンセル及び返金はお受けできません。予めご了承ください。



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