2025~26年度のディスカバリー・シリーズは、長い間クラシック音楽の歴史の中核となり、室内楽というジャンルの一大潮流を作ってきたドイツ語圏の大家たちからひとたび離れ、さまざまな言語圏で育ってきた作曲家たちの世界を巡るプログラムが続きます。
しかし12月の演奏会はその流れの中にありながら、ドヴォルザークとブラームスという、王道中の王道をゆくように見える大作曲家二人の作品があえて選ばれています。
これはどういうことでしょう?
来年3月に迫る2025~26年度最終回の演目も意識しながら、12月に演奏される2曲をとりまく世界を改めて眺めてみましょう。


『ライプツィヒ週間音楽新聞』1879年12月13日号より
12月のディスカバリー・シリーズの演目は、どちらも19世紀後半に作曲され、ドイツの出版社から楽譜が刊行されました。ブラームスの弦楽六重奏曲第1番は186年にボンで、ドヴォルザークの弦楽六重奏曲は1879年にベルリンで出版されています。
刊行元はどちらもブラームスが早くに知り合い、楽譜刊行を通じて作品発表のチャンスをくれた友人フリッツ・ジムロック(1837~1901)の出版局。祖父はボンの宮廷でベートーヴェンの同僚としてホルン奏者をしていましたが、やがて楽譜出版業に転向、フリッツが1868年に父から事業を受け継ぐ頃にはジムロック社はドイツ楽壇屈指の出版社となっており、1870年には本拠をボンからベルリンに移しています。ボン時代から縁のあった四つ年上のブラームスから、自分より四つ年下のチェコ系オーストリア人ドヴォルザークを紹介されたのはこの移転後で、同じ出版社でありながら刊行地が両曲で異なっているのはそのためでした。
ちなみにこの移転翌年、ベルリンは新しくできたドイツ帝国の「帝都」となり、それまでにもましてビジネスもエンターテイメントも加速してゆくことになります。ジムロックはその好機を捉えて移転したと言ってよいでしょう。


19世紀半ば過ぎには未だ小国分立状態だったドイツも、ジムロックが会社を移した1870年には最大の王国プロイセンがフランスとの戦争(普仏戦争)で大勝利を収め、翌1871年プロイセン王を皇帝とする統一ドイツ帝国が誕生します。
この時ドイツと一緒にならなかった大国オーストリアが、ハプスブルク家の皇帝のもとチェコ、ハンガリー、北イタリアの一部、クロアチア、ガリツィア(現ポーランド南部~ウクライナ西部)など、ドイツ語を話さない人々が暮らす様々な地域を治めていて、ドイツ帝国と並ぶオーストリア=ハンガリー二重君主国という大帝国を築いていたことは比較的有名かもしれません。もっとも、それはドイツ帝国にも言えることでした。もともとプロイセン王国は東部にポーランド人やリトアニア人が暮らす地域を領有していましたし、1864年の戦争ではデンマークから、さらに普仏戦争後はフランスから広い範囲の領土を獲得しました。併合を期に土地を離れた人も多かったとはいえ、そうできない人もまた少なくありませんでした。つまり、ドイツ帝国は北にデンマーク語を、西にフランス語を、東にポーランド語などスラヴ系言語やリトアニア語を話す、つまりドイツ語が必ずしも母語ではなかった住民を多く抱えていたのです。

ドイツとオーストリア。どちらの帝国も領内にいろいろな言語圏の人々がいて、それらの人々がドイツ語話者と共に、政治はもちろん商売や公的手続きもドイツ語という共通語を使って、同じ大帝国の中で一緒に暮らしていました。自ずとドイツ語で異文化交流も進み、ドイツ帝国の人々はポーランドや北欧の、さらには同じ言語が通じるオーストリアの支配圏(チェコ、ハンガリー、クロアチア……)の風物に触れる機会が増えてゆきます。


その頃のヨーロッパは工業化が進む中、人々の暮らしを廻すのに必要な労働がどんどん効率化されて余暇が増え、エンターテイメントの需要が激増しつつありました。19世紀中盤には鉄道網も広がり、何もかも目新しい遠くの土地のことを気にかけ、あるいは憧れを募らせる機会も増えてゆきます。そんな中、帝国領内の「近くて遠い」異文化圏の風をありありと感じさせる伝統衣装や民俗音楽は絶好の愉しみになりました。演劇のステージを彩った民族衣装や方言まじりの台詞と同じように、作曲家たちは音楽の中に異趣あふれる伝統音楽をアクセントとして盛り込み、時には自らの作風とうまく折合をつけて上手に活用しました。
当時は録音技術もなく、人々が家のピアノのまわりに集まり自分たちで演奏して音楽を楽しんでいた時代ですから、町には必ずといってよいほど楽譜専門店があり、楽譜出版社も人々の好みや流行を常に意識していました。ドイツの帝都に暮らすジムロックが、友人ブラームスの紹介してきたチェコの若者ドヴォルザークを気にかけ、彼が作曲したスラヴ風の音楽で成功をおさめたのも、そうした背景があってのことなのでした。

ちなみに、ジムロックが楽譜出版したブラームスとドヴォルザークの弦楽六重奏曲はどちらも、ハンガリー出身のヴァイオリニストでやはりブラームスやジムロックと早くから交流のあったヨーゼフ・ヨアヒムのアンサンブルが初演しました。
ブラームスより二つ年上のヨアヒムが生まれた当時も、ハンガリーはオーストリア領。彼もまた早くからドイツ語で活路を拓き、ハノーファーやベルリンを舞台に世界的な活躍をみせた音楽家であり、故郷に伝わるロマ(ジプシー)の音楽を採り入れた彼の演奏や作品をドイツ語圏の人々も歓迎したのでした。


大きな国の枠の中に異文化がある。それは大英帝国やロシア帝国、北アフリカなど海外植民地を多く持っていたフランス、ノルウェーと同君連合を組み北欧に長く君臨してきたデンマークやスウェーデンなど、同じ頃ヨーロッパにあった他の大国でもまったく同じでした。
今シーズン最後のディスカバリー・シリーズとなる2026年3月の演奏会に登場するコダーイ、ボロディン、エルガー、ブリテン、グリーグの5人も、そんな背景から生まれた作曲家たちです。コダーイはオーストリア=ハンガリー二重君主国の出身でしたし、ボロディンはサンクトペテルブルクで勢いのあったジョージア人の豪商が父親でした(ジョージアは長くオスマン帝国の支配を受けた後、19世紀初頭からはロシア帝国に征服されていました)。エルガーとブリテンを生んだ大英帝国はインドやオーストラリアをはじめ海の向こうと繋がり(他の列強と同じくさまざまな問題を各地で起こしてもいました)、グリーグはスウェーデンと連合国だったノルウェーで生まれ、その昔デンマークと組んでいた18世紀頃のノルウェーを懐かしむ形で『ホルベアの時代より』を作曲しています。そして彼らの作品にも、いたるところに諸民族の伝統や歴史の中で培われてきた要素が流れ込んでいます。






さまざまな国々の伝統をめぐる今シーズンのディスカバリー・シリーズ。
実はこの路線、2026~27年シーズンにも続きます。どんなプログラムが出てくるでしょう……そちらもどうぞご期待くださいませ! ( 白沢 達生 )





