【ディスカバリー・シリーズ6月公演に向けて】竹澤 恭子 さんより

2025.05.14

6月のディスカバリーシリーズに出演されるヴァイオリニストの竹澤 恭子さんからメッセージをいただきました。

エネスクとの思い出

 学生時代、私にとってエネスクは作曲家という前に、ルーマニア出身のフランコベルギー派の巨匠ヴァイオリニストという印象が強かったのです。なぜならば、同時代の主なバイオリニストには、ハイフェッツ、クライスラー、シゲティ、ティボーなど、個性溢れる素晴らしいヴァイオリニストたちがいて、その中でも、その存在感は大きく、そして彼の生徒にはあのメニューインもいました。

 ですが、彼はヴァイオリニストのみでなく、素晴らしい作曲家でもあり、指揮者でもあり、教育者でもあり、音楽家として完成度が非常に高い人物なのだということを、彼の作品を勉強することで再認識したのです。彼はヴァイオリニストなのですから、膨大なバイオリンの作品を残したかというと意外にもその数は少なく、それは彼が非常に完璧主義者であったために、作品を完成させるに時間がかかったのだとか。それだけに、残された作品は、強烈な個性を放ち、芸術的価値の高いものばかりになっています。特にバイオリンソナタ3番を初めて聴いたた時は、その民族性の強い情熱的な音楽に圧倒されたのを覚えています。

 今回演奏します弦楽八重奏曲はエネスクの初期の作品でありながらも、ロマン派から現代へと音楽背景が移行する中において、彼自身が自分の方向性を見出したという意味でも重要な作品です。私がこの作品を最初に演奏したのは、かれこれ15年ほど前のアメリカのラホイヤ音楽祭にてでした。当時の音楽監督であったヴァイオリニストのチョーリャン・リンから、ぜひこの作品を演奏しないかとオファーをいただいたからです。正直、その当時、この作品の存在を意識した事はありませんでした。そして、この作品のスコアを覗き、録音を聴いた時の印象は、多民族のお店が集うアラブ諸国によく見かける市場「スーク」に迷い込んだような感覚で、とにかく物凄い作品であるという衝撃と共に、音楽祭という限られた時間の中で演奏し得るものなのかどうか恐れすら抱き、もはや開き直って頑張るしかないという覚悟のもとにリハーサルに臨みました。

アメリカのラホイヤ音楽祭にて

 なんとその時のメンバーには、大山平一郎先生もいらっしゃったのです。メンバーには世界的に活躍されているソリストや、ニューヨークフィルの首席奏者が揃っていたのですが、その当時この作品はアメリカでもあまり演奏されておらず、メンバーのほとんどがこの作品を演奏するのが初めてという状態。というわけで、最初のリハーサルは、お互いのパートの探り合い、いわゆるスイミング状態。なんといっても11個もモチーフがあり、それらが複雑に絡み合っているのですから、それを紐解き、縦線を合わせ、そしてエネスクが思い描きたかった世界に到達する事は並大抵ではありません。
 当時、私の娘は4歳位だったと思うのですが、数多く繰り返されるモチーフを必死に練習していたせいか、15年経った今、再びこの曲を練習し始めた途端、「あ、この曲知っている!」とメロディーを鼻歌のように歌い始めたのにはびっくり仰天。このエネスクの音楽が人の記憶に刻み込む威力を持っているこ
とを再確認したのです。

 今回あらためて奏者8人でこの作品と真っ向から取り組み、複雑なスコアをじっくり解析していくうちに、エネスクが19歳という若さにもかかわらず、彼が自身の立ち位置を確立すべく、ルーマニアのアイデンティティーと西欧音楽の融合、構成美を作りながらもうねるような感情の交錯、弦楽奏者であるからこその技巧的難しさ、それらを全て投入し、それは交響的でもあり、最終楽章では数あるモチーフを回顧録のように登場させて壮大なスケールを生み出していることを感じています。そして複雑なスコアにもかかわらず、それが難しい音楽になるのではなく、リスナーの耳を惹きつけ、忘れられない強烈な音楽エネルギーとイメージを与える力を生み出している・・・あらためて、エネスクという芸術家の存在を胸に植え付けることになりました。
 今日はそんな彼の魅力が伝えられる様、私たち8人で全身全霊の演奏をお届けしたいと思います

竹澤 恭子(ヴァイオリニスト)


竹澤 恭子 【ヴァイオリン】

桐朋女子高校音楽科在学中に日本音楽コンクール第1位。1986年インディアナポリス国際ヴァイオリン・コンクール優勝。これまで、ニューヨーク・フィル、ボストン響、ロイヤル・コンセルトヘボウ管など、国内外の主要オーケストラと共演。近年は水戸室内管弦楽団、セイジオザワ松本フェスティバルへも参加。しいきアルゲリッチハウス レジデント・アーティスト。使用楽器は、1724年製アントニオ・ストラディヴァリウス。

       


※ディスカバリー・シリーズ6月公演 本公演は残席わずかとなっております。(5/14)

○字幕実況解説付き公開リハーサル  完売
【日時】2025年6月3日(火) 19:00 開始(18:30 開場)
【会場】中目黒GTプラザホール
【曲目】エネスク: 弦楽八重奏曲 ハ長調 作品7
【出演】竹澤恭子・城戸かれん・北川千紗・Jung Min Choi(ヴァイオリン)、
    田原綾子・大山平一郎(ヴィオラ)、金子鈴太郎・加藤文枝(チェロ)
【解説】石上 真由子(ヴァイオリニスト)、小室敬幸(作曲、音楽ライター)

○本公演
【日時】2025年6月7日(土)19:00 開演(18:20 開場)
    18:40~プレコンサート・レクチャーあり
【会場】めぐろパーシモンホール小ホール
【曲目・出演】
   エネスク: ヴィオラとピアノのための演奏会用小品
    田原綾子(ヴィオラ)、實川風(ピアノ)
   エネスク: 弦楽八重奏曲 ハ長調 作品7
    竹澤恭子・城戸かれん・北川千紗・Jung Min Choi(ヴァイオリン)、
    田原綾子・大山平一郎(ヴィオラ)、金子鈴太郎・加藤文枝(チェロ)


 



facebook twitter LINE