スペシャルインタビュー 千葉 清加さん

  日本フィルハーモニー交響楽団 アシスタントコンサートマスター


 日本フィルハーモニー交響楽団でアシスタントコンサートマスターを務めている千葉清加さんは、10年以上にわたって世界的ヴィオリストの大山平一郎さん(ミュージックダイアログ理事長)から室内楽の指導を受けながら、一緒に演奏してきた。「室内楽の経験がなければ、オーケストラでも今のようには音楽はできていなかった」そして「室内楽の経験は〝宝〟になった」とも。千葉さんが得た〝宝〟について語ってもらった。

(2017年7月31日、東京・渋谷にて収録)




0.1秒の判断で「自分はどういう風に弾くべきか」を決める
  ~ コンサートマスターが室内楽で学んだこととは ~


- 千葉さんは日本フィルでアシスタントコンサートマスターを務めていらっしゃいますが、今日のインタビューのテーマは〝室内楽〟です。人数が多く楽器の種類も豊富で彩りも見た目も華やかなオーケストラと数人で演奏する室内楽は、対極にあるように見えます。しかし、最近の日本では室内楽もけっこう盛んになって来た印象を受けています。どうお感じになっていますか。

千葉:

以前よりはずいぶん盛んになってきたと思います。とは言っても、新聞や雑誌などのメディアではやはりオーケストラやオペラなど華やかさを感じさせる演奏会の記事のほうが目にすることはずいぶん多い気がしますね。




- 日本では音楽教育の場でも、室内楽はこれまであまり盛んではなかったように思います。千葉さんはヴァイオリンを子どもの頃から習う中で、室内楽にはどのように出会ったのですか。

千葉:

ヴァイオリンは清水高師先生に小学2年生の頃からついていました。レッスンは基本的にソロの曲でしたから、室内楽に接する機会はありませんでした。初めて出会ったと言えるのは、芸高(東京芸術大学音楽学部附属音楽高等学校)に入ってからです。ヴァイオリニストの岡山潔先生がハイドンなどの弦楽四重奏曲をレッスンする授業があったのです。

 みんなの前で弾いて先生が指導をする。授業全体ではソロの曲のほうが圧倒的に比重が高かったのですが、高校3年くらいから気が合う同級生や下級生と一緒にカルテット(弦楽四重奏団)を組みました。なんと、血液型がAB型の4人が集まったんですよ。カルテットをおもしろく感じたのはそれからです。

 東京芸術大学に進むと、メンバーの入れ替わりはありましたが、2年生くらいからチェリストの山崎伸子先生に弦楽四重奏のレッスンを受けました。とても厳しい先生で、「ちゃんと練習をしなさい」と怒って、1時間くらい部屋を出て戻ってこなかかったこともあります。みんなでしゅんとして、1時間、ああでもないこうでもないと練習を続けるわけです。しかし、先生の愛のむちのおかげで、少しずつ室内楽の世界に深入りすることができました。クリーヴランド弦楽四重奏団のメンバーの指導を受けたこともあります。


- どんな曲を学ばれたのですか?

千葉:

高校ではハイドンからベートーヴェンの初期の弦楽四重奏曲。大学ではベートーヴェンの中期から後期、さらにシューベルトの弦楽四重奏曲など。大学は自主性を重んじますから、バルトークなどをやっていた人たちもいました。

 それでも、海外の音大に比べるとまだ室内楽を重要視する空気は薄かったと思います。米国には音大にレジデントカルテットがあるような例もありますよね。だからなのか、今の若い世代でも、カルテットはあまり育っていないような気がします。ウェールズ弦楽四重奏団くらいですよね。そもそもカルテットだけで食べていくのは、今の日本ではとても難しい。残念な状況です。


- Music Dialogue の大山平一郎先生と出会われたのは?

千葉:

大学を卒業すると、それまで組んでいたカルテットは各自の留学や仕事の都合で続けられなくなりました。ちょうどその頃、大山先生との出会いがあったのです。そこから、室内楽とはどういうものなのかを徹底的に学ぶことになりました。




- 室内楽とはどんなものだったのでしょう?

千葉:

大山先生には、ピアノ入りの室内楽や弦楽五重奏、弦楽六重奏などいろいろな編成の曲を一緒に演奏する機会をいただきました。大山先生がディレクターを務めているシャネル主催のプログラムでは、1週間に6曲くらい室内楽の曲を演奏するんです。それも弾いたことのない曲ばかり。密にリハーサルをしながらたくさんのアドバイスをいただき、自分の家に帰ってからは復習に勤しむという日々が続きました。

 睡眠は1日2~3時間。最後の日は目まいを起こしました。そんなハードな状況に耐えられたのはまだ20代前半だったからかもしれませんが、とにかく死に物狂いでついていきました。そこから10年以上にわたって、シャネルやミュージックダイアログで室内楽を演奏する機会をたくさんいただきました。それは私の中で〝宝〟になりました。


- 室内楽にはサロンで奏でるような優雅な印象もありますが、とても過酷だったのですね。しかし、それは〝宝〟になった。

千葉:

この時の経験がなければ、多分オーケストラでも今のようには音楽ができていなかったと思います。本当に鍛えられましたから。私は順風満帆に道を進んだように思われることが多いのですが、決してそんなことはなく、よくも悪くもさまざまに変化してきました。大山先生は20代前半からそれをずっと見てくださって、会うとよく言われます。「本当に変わったね」と。


- 大山先生とはどんな曲を演奏されたのですか。

千葉:

印象的なのは、ブラームスの弦楽五重奏と弦楽六重奏でしょうか(編集部注:弦楽五重奏、六重奏ともそれぞれ2曲ずつある)。ほかにもシェーンベルクの弦楽六重奏曲「浄夜」のような難曲もご一緒しました。何しろ曲がハードでしかも初めてのことがほとんどですから、1週間でやるのはパニックを起こすくらい大変でした。でも、それが素晴らしい蓄積になっています。感謝の気持ちでいっぱいです。


- 室内楽の曲とオーケストラの曲は、演奏する立場だと何が違うのでしょうか?

千葉:

協奏曲にしてもソナタにしても、無伴奏でない限りは必ず誰かと共演します。つまり、必ず〝アンサンブル〟が必要になる。そのときにアンテナを立てるんです。ほかの人がどんな風に演奏するかをピピッと探知する。人数が増えるごとにアンテナの数が増えます。

 実は、室内楽とオーケストラは、その作業の違いだけかなと思っています。カルテットの場合、残りの3人がどういう風に弾いているかを瞬時に探知し、0.1秒くらいの判断で「自分はどういう風に弾くべきか」を決める。あるいは、誰かほかの人が主旋律を弾いているときにも高性能のアンテナが必要です。同じ楽譜を見て弾いていても、その奏者は、いつも電子レンジで温めているのと同じようにその旋律を弾いているわけではありません。生きていますから。そのときの心持ちやひらめきによって変わるわけです。

 そして、「あっちがああくるなら、こっちはこうする」。そんな対話のようなやり取りを、そのたびごとにするのです。ときには、セカンドヴァイオリンやヴィオラが受け持っている、いかにも伴奏のように響いている内声が、実は影で主導権を握っていることもあります。旋律はむしろ、そっちに乗ったほうがいい、あるいは逆にこっちに微妙に引っ張ったほうがいいといった判断も必要になる。アンテナは重要です。そして70〜80人いるオーケストラの場合は、そのアンテナの数を増やすんです。


- 室内楽とオーケストラは同じなのですね!しかし、アンテナの数を増やすというのは、すごく大変なことではないですか。

千葉:

オーケストラの場合は、本当に全身を〝耳〟にしないといけないですね。それが一番疲れるところです。もちろん、すごく楽しくてやりがいがあることでもあります。オーケストラの本番は楽しいけどむちゃくちゃ疲れ、本番翌日はよく起きられなくなります(笑)。特に定期演奏会が2日間続いた後は大変です。




- 室内楽の中で特に深い思い出を教えてください。

千葉:

大山先生から、「西洋音楽を演奏するにあたっては、自己主張をしなければならない」と叩き込まれたことでしょうか。私は昔から、「真面目すぎる」「遊びが足りない」といろいろな先生に言われてきました。それは、主張が足りないということでもあったのだと思います。

 大山先生と共演した演奏会では、マーティン・ビーヴァーさんやポール・ホワン君など海外の素晴らしい奏者と共演する機会が多くありました。彼らの横で弾いていると、すごい主張・パワー・エネルギーを肌で感じるんです。さらに大山先生からは「(主張が)足りない、足りない、足りない、足りない」と口酸っぱく言われる(笑)。

 日本人は「ほかのみんなと同じように」というのが長所としてありますよね。しかし、西洋音楽をやるなら、もっと作曲家のことを徹底的に自分の体の中に入れたうえで強くアウトプットしないと世界では太刀打ちできないということを教えてもらいました。

 最近ニューヨークに出かける機会があり、そこで感じたのは、本当に人の目を気にせず自分の意思を明確にしているということでした。自由だし、生活していてもむしろそのほうが楽なのではないかなと思いました。そしてすぐにおしゃべりを始める。米国で長く生活していらした大山先生から学んだのも、そういうことだったのかもしれません。


- 主張をし、しゃべる。それは、西洋音楽においては対話が重要ということにもつながりますね。しかし、主張が強いと、たとえばカルテットでは4人がぶつかってしまうこともあるのではないですか。

千葉:

主張だけでなく柔軟さも必要です。室内楽では数人が一つの楽器にならなければならない。バランス感覚は極めて重要です。大山先生はリハーサルで、「いいアイデア持っているんだけど、まずこのパターンでやってみない?次にこのパターンで」と提案をされ、実際に弾いた後、「どっちがよかったかな?」とみんなに問いかけるといったことがよくありました。

 結局音楽に正解はありません。だから、そのときどきに自分たちが思う「作曲家の意図に最も沿っていること」を見つけるのが重要になります。それは、オーケストラのコンサートマスターをやっていてもしばしば思います。オーケストラではもちろん、指揮者が音楽の方向性を示すのですが、コンサートマスターも意思をしっかり持って道筋を明確にしていかないと、70~80人の奏者たちは路頭に迷うことになります。やはり自己主張と協調性のバランスが必要です。


- コンサートマスターの仕事にも室内楽は役立っている?

千葉:

室内楽はコンサートマスターの修業の基礎の役割も果たしうると思います。大山先生と室内楽を始めた頃は自分のパートを弾くのにせいいっぱいで譜面にかじりついている状態だったのですが、「周りの音を徹底的に聞きなさい」と大山先生にいわれました。オーケストラだとほかの楽器の音を聴くのがもっと大変になりますから、室内楽でできていない状態でできるわけがないですよね。室内楽は本当に音楽の基礎なのだなと思いました。

 また、クリーヴランド四重奏団の先生からは、「(左耳は自分の音を聴いてもいいから)右耳を客席の一番うしろに置きなさい」と言われました。そうすると今度はアンサンブルの全体を客観的に把握することができる。とは言っても極めて難しいことではあるのですが、これができているときはたいてい、演奏がうまくいっています。


聞き手:Music Dialogue 理事 小川敦生



写真:千葉 清加

千葉 清加

Sayaka Chiba

 東京藝術大学付属音楽学校を経て、東京芸術大学卒業。東京芸術大学内にて安宅賞受賞。第49回全日本学生音楽コンクール全国大会小学校の部で第1位。併せて兎束賞・東儀賞を受賞。第51回全日本学生音楽コンクール東京大会中学校の部第2位。第1回YBP国際音楽コンクール総合第1位。第2回長野国際音楽コンクール総合第2位。第1回名古屋国際音楽コンクール第1位。第72回日本音楽コンクール第3位。第3回仙台国際音楽コンクール第5位(日本人最高位)。2013年 CHANEL Pygmalion Days アーティスト。これまでに、ミッシャマイスキー、ユーリー・バシュメット、ヴァレリー・オイストラフ、など国内外の多くの著名な演奏家と共演を重ねており、ラ・フォル・ジュルネ(仏ナント)、ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン、セイジ・オザワ松本フェスティバル、別府アルゲリッチ音楽祭などの音楽祭にも出演し好評を博す。 これまでに東京交響楽団、日本フィルハーモニー交響楽団、ニューフィルハーモニーオーケストラ千葉、藝大フィルハーモニア、香港フィルハーモニーなどの国内外のオーケストラとソリストとして共演。現在、全国のオーケストラにゲストコンサートマスターとして客演する他、ソロや室内楽など幅広い分野で活動している。NHK-FM、ニッポン放送、フジテレビ、TBS、雑誌などのメディアにも多数出演。これまでに、清水高師、ジェラール・プーレの各氏に師事。室内楽を岡山潔、山崎伸子、大山平一郎の各氏に師事。㈱日本ヴァイオリンより名器特別貸与助成を受けている。現在、日本フィルハーモニー交響楽団 アシスタント・コンサートマスター。